明け空の展望台

ヤフブロより移転。ぷよの二次創作ゲームを作る者です。よろしくお願いいたします。

一つのキスに百の想いを乗せて シグアミ


キスの日シグアミ。




学校に貼られたカレンダーを眺めながら、いつの日か聞いたことを思い出す。

今日は5月23日。

まぐろとか、りんごとか、あと、りすっぽくてくまみたいな人曰く、5月23日はキスの日というらしい。

具体的には何をどうする日なのかは覚えてないが、特にりすみたいな人が

愛する人に愛の気持ちを接吻に乗せて伝える日」にしようと熱く提唱していたのだけは覚えている。

そうだ、それは良い。なんて思い立ったことが事の発端となった。





いつものように学校からの帰り際で、アミティを誘う。

「アミティ、虫取りについてきてくれる?」

なんて、いつも通りを装って。

もちろんアミティは特に疑うこともなく「いいよー」と、いつもの明るい笑顔で快諾してくれた。







森の中に着いたら、座るのに良さそうな木の下に腰を下ろし、

アミティを自分の膝の上に、向き合う向きに座るよう促す。


「シグ、虫取りするんじゃなかったの?」

「今日は最初に休憩するだけ」

「今日のシグ、ちょっと変だよ?大丈夫?」

「う」


さすがに動揺しすぎて気づかれたか。「へーきへーき」とごまかすと、


「そっか。あの、あたしが重かったりとかだったら遠慮なくどかしていいからね」


と特に深追いはされなかった。純粋に心配してくれるだけだったらしい。

どうやら下心を持つと調子が狂うらしい。

早めに目的を果たしていつもの自分に戻らないと、と思いつつ本題に入る。



「アミティ」

「どうしたの?」

「目を閉じて」

「こーう?」

「そう。いい、って言うまでそのままで」


指示通りにアミティは目を瞑る。あとはキスをするだけだ。

そう思ってたはずなのに。

いざキスしようと思ってアミティの顔を見ると、胸がどきどきして止まらない。

いつものように当たり前にアミティに伸ばそうとした手が、震える。

別にキスそのものは初めてなんかじゃない。

スキンシップの延長線で本能に任せておでこやほっぺたに口をつけたことくらいはある。

でもよくよく思い返してみれば、ごまかさないで、正面から、

好きって気持ちを込めてキスをすることなんて、今まで一度もなかった。



「まだ、瞑ってたほうがいい?」

「……もうちょっと、だけ」



アミティの声にはっと我に返り、ぶんぶんと首を横に振る。

これから何をせんとしているか、今どんな葛藤が起こってるかなんて知る由もなく、

ただ、目を閉じたままじっとしている。



深呼吸して、気持ちを整える。

ちゃんと気持ちは伝えなきゃ。今までやったことがないなら、今、やらなきゃ。

実際はキスの日がどんなものかは知らない。

けど、自分にとって、今日は好きって気持ちを、口に乗せて伝える日なんだ。

いつも通り、いつも通り。無理に唇にキスしなくたっていい。

ちょっとだけ愛情表現を頑張って、ほっぺたにちょっと、口をくっつけるだけ。

そう必死で言い聞かせ、でも心だけはごまかさないように気を付けて。







アミティの腰に腕を回す。

そのまま抱きしめ、顔を近づけて、

「好き」

とだけ呟く。

そしてその大好きの気持ちをいっぱいに込めて、そっと唇を重ねた。



一瞬だけ、時間が止まった気がした。

唇を、頬とはちょっと違う、柔らかい感触が包む。

ぷよっと僅かに水気を含んだ柔らかさが、唇を離してからも残り続けた。








犯した過ちに気付いたのはその直後だった。

やってしまった。頬にキスするだけで十分だったはずなのに。

よりにもよって無意識のうちに唇を重ねてしまうとは。

唇に未だに残る甘い感触と湧き上がる罪悪感に思考が再び混乱する。

頭を抱えていると、既に目を開けていたアミティが「シグ、」と名を呼ぶ。


「アミティ、えっと…」


発する言葉も見つからずただただ焦っていると、


「あたしのはじめて、奪われちゃった」


その言葉とは対照的に、アミティはうっとりと、嬉しそうに呟いた。


「……すまなかった」

「そんな、謝るなんてとんでもないよ!」


「いやじゃ、なかった?」 と問うと、

「嫌なわけないよ!」 ときっぱり否定。


「そりゃあ突然のことだったしシグの様子が変だったから、びっくりしたけど……」


とは言ったが、続けて、


「でも、シグがこんなにいっぱいの気持ちを込めて好きって言ってくれたの、
 今まで無かったからとっても嬉しかったし。
 その後にファーストキスをもらってくれたのも……なんていうか、とにかく、幸せでいっぱいなの。」


紅い顔で、いつもとちょっと違う大人びた笑顔で、アミティはそう言ってくれた。

勇気を出して込めた気持ちはちゃんと伝わってた。

それだけで、心の中から罪悪感がすぅっと消えていったのがわかる。

間違ってなんかなかった。アミティの笑顔が、その証拠。



「でも急に唇にキスされてびっくりしちゃったのは本当だから……うーん、そうだなぁ……」

「うん?」


しばらくアミティは考え込むと、そうだ、と閃いたようなそぶりを見せた後、


「えいっ」


突然顔が近づいた、と思った頃にはぷよっと、さっきと同じ甘い感触が唇に満ちる。

---と同時に、勢い余ってか額にごつんと堅い衝撃。


あっけに取られているとその瞬間はとっくに終わっていて、


「あいたた……とにかく、これでおあいこ。それでいいでしょ?」


アミティはぶつけた額をおさえながら、そういたずらっ子のように笑っていた。


「おあいこ…ありがとう、アミティ」

「あたしの気持ちも、シグに伝わった?」

「もちろん」

「よかったぁ、ちゃんとお返しできたみたいだね」

「アミティの気持ちも、ちゃんと受け取った。おあいこ」

「うん、おあいこ。」



お互いに気持ちがいっぱいいっぱいになったせいか言葉を発せずにそこで口が止まる。

しばらく見つめ合うことになったけど、

数秒も経つとドキドキして恥ずかしくてたまらなくなってきて、先にアミティが「ぷっ」と吹き出す。

つられて吹き出し、あはははは、って、二人で笑いあった。





ひとしきり笑い合ったら、元のふたりに元通り。


「さあ、帰ろ」


ずっと座りっぱなしも疲れるものだ。

膝の上に乗せてたアミティをどかして、腰を上げ、いつもの帰路へと歩き出す。


「あれっ?虫取りに行くんじゃなかったの?」


そういえばそういう嘘をついてたんだった。


「あれはここまでアミティを連れ出すのためのうそ」

「わざわざキスするためだけにここまで来たの!?」

「他の人に見られると恥ずかしいし、アミティとならここって決めてたから」

「そっか、それでさっきから調子が悪く見えたんだ……でもどうして急にキスなんて?」

「今日、キスの日なんだって」

「キスの日?」

「どういう日なのかは知らないけど、頑張ろうって思った」

「ふ~ん……」


キスの日の話をすると、アミティはさっきのことを思い出していたのか、

ちょっとだけ赤くなりながら自分の唇をつんつんと触っていた。

しばらくすると恥ずかしくなったのかぶんぶんと首を横に振って、あのね、と話しかけてきた。


「えっと、シグ」

「なーに?」

「あたしたち、ちょっとだけオトナになれたかな?」

「オトナに?……きっとなったと思う」

「えへへっ、嬉しいなぁ……」


そう話すアミティの表情は、何故だかいつもよりちょっぴり女の子らしく、色っぽく見えた。

いつしか傾き始めた夕暮れに照らされて眩く輝いているせいだろうか。でもきっと、それだけじゃない。


「あたしね、シグと一緒にちょっとずつオトナになっていきたいな、って思うんだ」

「アミティと一緒……とっても良い」

「好きな人と……シグと、ちょっとずつ仲良しになって、
 そんな中で恋のいろんなことを知って、少しずつ成長していけたら……
 どれだけ幸せなことなんだろう、って」


アミティの話を聞きながら、それを思い浮かべる。

これから自分は、アミティは、どう変わっていくんだろう。

無邪気で明るくて子供っぽい今の笑顔はそのままであってほしいけど、

ちょっとずつ女性らしくなっていくのもそれはそれで……


いけない。それ以上考えるとアミティをまともに直視できなくなってしまいそうだ。

頭をぽんと叩き、思考をリセットする。結果、


「うん」


そんなすっからかんの返答しかできなかった。





そうこうしているうちに、もう分かれ道。今日はここまででお別れだ。


「シグ!今日は嬉しかったよ!」

「アミティも。付き合ってくれてありがと」


じゃあね、と言おうとしたその時、アミティに待ってと止められる。



「どうしたの?」

「あのね……もう1回だけ、して?」

「そう。……よし、わかった」


返事を聞くとアミティはもう一度、目を閉じる。

今度は迷わない。気持ちの込め方もさっきわかった。

緊張は押さえつけ、顔をゆっくり近づけて、もう一度。好きの想いをいっぱいに込めて。



そっと唇を重ねた。



唇を離して目を開けると、アミティは頬を紅く染めて、

「ありがとう」

と乙女のような、艶やかな笑顔を見せた。



「じゃあ、また明日ね!」

それからすぐにいつもの笑顔で手を振って、分かれ道の先を走り去っていった。

一瞬だけ見えた、アミティのいつもとは違う笑顔が脳裏に焼きついて離れない。

今まで見たことのなかった、アミティの、ちょっとオトナで、甘い、恋する女の子の表情。

思い出すだけで心の奥がどきどきと鳴動して止まらない。

自分が大人になるのはまだまだ先のことになりそうだと笑いながら、アミティとは反対側の帰路についた。







終わり