注意
・ぷよ小説2巻(夢のやつ)の要素が含まれてます。
そのためそちらを読んでないと少し意味がわかりにくいところがあるかもしれません。
それは冬の日の学校。放課後のこと。
授業が帰り、生徒が皆帰り支度を始める中、ぽつんと動かない少年が一人居た。
教室を出ようとした足を止め、アミティはそれに話しかける。
「シグ?」
「……」
「おーい、シグー!」
「……ん、何?」
2度目の呼びかけでようやくそれは反応する。
けれどどことなく、いつも以上にぼーっとしていて活気がない。
「大丈夫?最近ずっと元気がないよ?」
「なんでもない」
「ほんとにー?」
心配になったアミティがシグの身体を揺さぶって確かめると、「うへー」といつも通りの返事。
確かに体調面では特に問題はなさそうだ。
だがそれでも……むしろ、だからこそ、彼女としては元気の無い彼が心配であった。
「もう放課後だよ。帰ろう?」
「うーん……用事があるから、後から帰る」
「用事?わかった、あたしは先に帰るね。またね、シグ!」
「また明日、アミティ」
心配しながらも、その時は一度別れを告げた。
そして学校を出ようとしたとき、アミティはもう一度彼を目にする。
「……あれは?」
学校の陰に気になる人影を見た。
青色の髪に紅色の左手。シグだ。
それそのものは特におかしなことではない。気になったのは……
「森の方に行ってる……?」
学校の裏は森に繋がっている。何をするのかというと、恐らくは虫取りだろう。
さっき言っていた用事とは虫取りのことなのだろうか。
と、そこまで思考したところでひとつ疑問が浮かぶ。
冬というと虫のいない季節。ならば虫取り目的というのは少し妙だ。
ならばどうして?と考えてみるが、答えは出ない。
「何しに行ってるのかな……?」
消えない疑問。好奇心の向くままにアミティは彼の後をこっそり追った。
冬に入る森は静かだ。
どんぐりガエルは木の葉で暖まり、安らぎの歌を歌う。
いつもは活発なおにおんたちも縄張り争いをする余裕は無いらしく、
一時休戦とばかりに土に肩から下を埋めて暖を取っている。
その様子は本物の玉ねぎのようだ。
見慣れない景色に目を輝かせるアミティであったが、
早速探していた目的を見つけて我に返る。
しゃがんで何かをしているシグ。
土を何かにかぶせているように見えるが、それが何なのかはわからない。
そっと、邪魔にならないように近づくアミティ。
三歩ほどの距離まで近づいたとき、シグは立ち上がって彼女に気付いた。
「アミティ?居たのか」
「うん。ちょっとだけ気になって」
「これか。これは……」
どう説明しようか。埋めたものの方を見ながら少し考えてから口を開く。
「……ムシが、頑張った跡」
少しわかりにくい言い方。一瞬アミティは首を傾げたが、
「ムシは、冬を越せないから」
と寂しげに笑うシグの様子でようやく察し、「そっか」と返した。
「とっても、頑張ったんだよね」
「きっと」
「シグが埋めてあげたから、ゆっくり暖かく眠れるよね」
「そうであってほしい」
目を閉じて手を合わせ、二人でお祈り。安らかに眠れますように、と。
「ねえ、シグ」
お祈りを済ませて、先にアミティが口を開いた。
「シグはいつもこういうことをしてるの?」
「冬の間だけ」
「あたしも一緒についていっていい?」
「面白いものは、なにもないよ」
「それでも大丈夫。それとも、一人のほうが良い?」
「うーん……」
シグはアミティが興味を持つとは思っていなかったようだ。
少しだけ悩んで、そして、
「わかった」
「ありがとう!」
一緒に行こう、と告げた。
それからは森の中を歩き回って、日が暮れるまで虫の骸を探し続けた。
何匹か見つかった骸はその全てが綺麗な体のままであるわけでもなく、
羽根が千切れているものもあれば、他の生き物に食べられているもの、潰れているものだって居た。
いつもならきっと虫の死骸なんて見ても気にかけることはないであろうけれど、
シグの傍らに居ると、不思議とアミティにもシグの気持ちが伝わってきて、胸が苦しい。
けれどシグは表情を変えず、黙々とそれを土の中に埋める。
「つらくはないの?」と心配するアミティに対し、
「好きなものには、お別れの挨拶をしたいから」とシグは笑う。
その笑顔はあまりに優しくて、けれど寂しげで。
そんな彼の表情が、またアミティの胸奥にチクリと刺さった。
日が暮れて家路についてからも、シグの寂しげな笑顔がアミティの脳裏に焼きついて離れなかった。
ベッドに転がり、布団にくるまって考える。
シグはムシが大好きだ。
でも、冬はそのムシが居なくなる季節。
自分の大好きなものがみんな無くなっちゃうのは、きっととても悲しいし、寂しいし、辛くて苦しい。
春になったらきっとまた沢山のムシと出会えるだろうけれど、それまではひとりぼっち。
その間、ずっと苦しい思いをするシグに、自分は何ができるのだろう。
どうすれば、シグの寂しさを和らげることができるんだろう?
そして数日が経ったある日のこと。
「シグ、」
いつものように森に行くシグにアミティが話しかける。ポケットに希望をひとつ詰めて。
「今日も一緒についていっていい?」
「わかった」
シグもアミティと居るのは嫌じゃないらしく、快く受け入れてくれた。
もう一度、シグと歩く森の中。
けれど今回は一匹も虫が見つからなかった。
数日の間にきっと殆どシグが見つけてしまったのだろう。
もしくは風化したか、他の生き物が食べてしまったのかもしれない。
倒れた虫に別れを告げるのも寂しいが、虫がそもそも見つからないのもやはり寂しいらしく、
シグは「はぁ、」と暗い溜め息を一つついた。
そして森の探索を終えた夕暮れ前の帰り際、アミティが足を止める。
「……シグ。」
「ん。どうかした?」
「ちょっとだけ、お話したくて」
「話?」
すぅ、はぁ、と深呼吸。
覚悟を決めて、アミティは言葉を続ける。
「シグ、少しの間だけ目を閉じて」
「どのくらい?」
「あたしが良いって言うまで」
「? わかった」
シグは言われるままに目を閉じる。
それを確認して、アミティはポケットから小さな瓶を取り出し、蓋を開ける。
中に入っていた粉が彼女の周りに漂う。
そしてそれは輝きとなり、その身を包みこみ……
「もう大丈夫だよ」
アミティの声を聞いてシグが目を開くと、そこには。
「ムシ……ティ?」
ふわふわと、蝶の羽根を纏ったアミティが目の前で浮いていた。
「アミティ、これは……?」
木漏れ日に照らされ、少女の羽根が美しく輝く。
シグは夢のような眼前の光景に、理解が間に合わずに混乱する。
「アルルとりんごと一緒にシェゾに頼んで、夢の霧の模造品を作ってもらったんだ」
「夢?霧?」
「あっ、えっと……それは今はおいといて」
もう一度深呼吸。気持ちを整理し、伝えたい事を心の中にまとめ、そして言葉に乗せる。
「あたし、ずっと考えてたんだ。ムシが居ない冬の間、どうすればシグが寂しくないように居られるか」
「それで、アミティがムシに……?」
「うん。結局、これしか思いつかなかった。あたしがシグの、冬のムシになるってこと」
アミティのその声は、いつもより少しか細いものだった。
これが、今自分がシグへ出来る最大限のこと。
けれどそれでも完全には彼の孤独を癒せないかもしれないと、わかっていたから。
「たった一匹増えただけだから、もしかしたらシグにとっては何も変わってないかもしれない」
「……アミティ」
「でもね、あたし、シグが一人じゃないって__」
「アミティ、」
「ひゃっ!?」
がばっと重い衝撃と共に少女の言葉が遮られた。
シグの飛びつくような抱擁が、アミティを包み込む。
ぎゅうっと、痛くて、けれど優しい。
「ありがとう」
そう伝えるシグの笑顔は、柔らかく温かい。
虫に別れを告げていた時の寂しげな笑顔ではない、数日振りの晴れやかな笑顔であった。
「シグ。あたし、ちょっとはシグの力になれたかな?」
「ちょっとじゃなくて、とっても」
「寂しいの、平気になった?」
「ムシにお別れするのはやっぱり寂しいけど……でも、もう大丈夫にはなった」
背中に回された腕の力が、ぎゅっと強まる。
シグのその真っ直ぐな気持ちが、アミティには何より嬉しかった。
「それにね。ずっと探してたもの、やっと見つけたから」
「見つけたって、何を?」
「……いつかの夢で見た、素敵なムシ」
「シグ、それってもしかして」
「さあ、帰ろう」
「あ、ちょっとー!」
照れ隠し。アミティの言葉を遮るように、シグは彼女の手を引っ張り歩き出す。
「ふふふっ」
いつかの夢で見た、素敵なムシ。
それは思っていた以上に大きく、思っていた以上に素敵で、そして思っていた以上にずっと近くに居た。
その正体は冬でも元気であたたかい、素敵なムシ。
ようやく見つけたその喜びに、シグは顔を綻ばせていた。
そしてそれはアミティにとっても同じことだ。シグの笑顔に、つられて笑みが溢れ出す。
「ねえシグ、寂しい時は何度でもあたしが冬の虫になってあげるからね」
「一年中ずっとじゃだめ?」
「ずっとは……えへへ、ちょっと恥ずかしいかな。みんなの目が気になっちゃうし」
「むぅ……。そうか」
照れ笑いするアミティに、むっと頬を膨らませるシグ。
「それじゃあ二人の時にいっぱい蝶になってもらおう」なんて言いながら、
もう一度蝶の少女を抱き締める。
そして冬でも消えぬその温もりを、改めて認識する。
「……あたたかい」
「流石にみんなが居るところでは恥ずかしいけど……
でも、二人の時ならシグのこと、いっぱい温かくしてあげるからね。心も、身体も!」
「ふふふっ、それだといっぱいアミティに与えてもらってばっかりだ。何かこっちもお返ししたい」
「お返し?そうだなー……それじゃあ、あたしが寂しくなったらシグがいっぱいあたしのことを温めてほしいな!」
「分かった。アミティに負けないくらい温かくできるよう頑張る」
「約束だよ!」
「ふふっ、約束。」
笑顔が溢れて止まらない。
目の前の蝶が、ずっと温もりをくれていることに気づいたから。
それを気づかせてくれた彼女に、シグはもう一度礼を告げる。
「アミティ。ありがとう」
「えへへっ、どういたしまして。シグ!」
あたたかな夕陽が二人を照らす。
冬の中、春にも劣らぬ温もりを分かち合いながら、二人は日暮れの帰路を歩いていった。
おしまい